諸國放浪紀
寺社を巡る旅
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諏訪から安曇野へ信濃寺社回廊

ルート図 満願寺入口 満願寺入口
塩田平寺社巡り
諏訪から安曇野へ 
     

はじめに

諏訪大社とその近隣の寺社を巡り、松本市内で宿泊。
翌日は松本市の著名な神社と安曇野へ移動し、1社2ヶ寺を巡ります。
今回はマイカーで巡りましたが、満願寺を除けば電車・バスでも回れる位置にあります。
但し、バスについては路線と発車時刻を事前に調べておく方がよいでしょう。

1日目 

諏訪大社すわたいしゃ


諏訪大社は、諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社で、諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)前宮・本宮の2宮、北側に下社(しもしゃ)秋宮・春宮の2宮があり、2社4宮から形成されています。全国各地に存在する諏訪神社の総本社です。 諏訪大社の特徴は、諏訪造りといって本殿と呼ばれる建物がなく、幣拝殿,片拝殿があります。
御神体が山や木であったりということのようです。
また、社殿の四隅に御柱(おんばしら)と呼ばれる木の柱が立っています。

上社前宮かみしゃまえみや茅野市


上社前宮道順
中央自動車道諏訪ICから諏訪バイパス(国道20号)へ右折で出て、新井交差点を右折、突当りの高部東交差点を左折すれば上社前宮に出る。
鳥居の先に内御玉殿、社務所があるが、拝所は200mほど離れた傾斜地の先にある。
門前まで行かず、途中にある建設会社脇の路地を入って行けば、拝殿前まで車で乗り入れることができる。

参拝記
上社前宮の境内は広い傾斜地になっており、水眼川(すいががわ)と呼ばれる小川が流れている。
二の鳥居の先、左手に「十間廊(じっけんろう)」、右手には諏訪明神の祖霊が宿るという「内御玉殿(うちみたまでん)」が建っている。

十間廊
諏訪大社の特別な神事はこの十間廊で行われるそうだ。
十間廊柱だけの三方が吹き放たれた建物で、梁間三間、桁行十間の入母屋造。
10間の内7間に腰壁が施され、1間の出入口を設け、残りを格子で覆っている。

案内には…古くは神原廊と呼ばれ、中世まで諏訪祭政の行なわれた政庁の場で、すべての貢物はこの廊上で大祝の実見に供された。…と記されている。

さらに参道が延び、途中には民家もある。
ずっと上っていくと、突当りに社殿が建っている。御神体は山という事で本殿はない。

現在ある社殿は、昭和7年(1932)に伊勢神宮の御用材で建てたそうだ。

二の鳥居 前宮社殿
二の鳥居前 十間廊と内御玉殿が見える
前宮社殿


 
名称
諏訪大社 上社前宮
 
主祭神
建御名方神 (たけみなかたのかみ)
八坂刀売神 (やさかとめのかみ)
 
創建
不詳
 
社格等
信濃國一宮・旧官幣大社・名神大・別表神社 
 
鎮座地
長野県茅野市宮川2030
0266-72-1606
  朱印所 社務所 16:00以降は本宮扱い
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 上社前宮 
朱印
御柱
前宮の御柱




  次は 上社本宮へ 車 で約5分  


上社本宮かみしゃほんみや諏訪市


道順
本宮幣拝殿前宮から県道16号を道なりに走り、神宮寺交差点先の「諏訪大社上社」の案内標識に従って左折。
正面の鳥居前を左折すると駐車場がある。
満車の場合は、そのまま直進して上社を通り過ぎ、一方通行のため更に道路を渡り、その先の道路で右折できる路地を使って山裾を走る一方通行に出れば、左手に別の駐車場がある。

参拝記
徳川家康が造営寄進したという四脚門をはじめ、6棟の国指定重文が残っている。諏訪大社の中心的存在で参詣客も多い。

東参道に近い駐車場を利用したので、そのまま東参道鳥居を抜けて入口門より入った。
順路に従い、入口門〜布橋と進んで行く。

東参道鳥居 入口門 布橋
東参道鳥居
入口門とその右に二の御柱
布橋 左手に摂末社遥拝所が見える

途中見える絵馬堂には、御柱祭で使われた木落し用の「目処梃子(メドテコ)」と元綱が展示されていた。

目処梃子 御柱
目処梃子
御柱

布橋を出て塀に沿って進み、塀重門の先にある入口門から中に入り、左に進み参拝所にて参拝する。

塀重門 参拝所
塀重門
参拝所

幣拝殿
幣拝殿幣拝殿は参拝所から斎庭を隔てた先に建っている。
中央に拝殿(桁行一間、梁間一間、向唐破風造、銅板葺)、その奥に幣殿( 正面一間、切妻造、銅板葺)。
向って右側に左片拝殿(桁行正面二間、背面三間、梁間二間、切妻造、銅板葺) 、左側に右片拝殿( 桁行正面二間、背面三間、梁間二間、切妻造、銅板葺)といういわゆる諏訪造の形になっている。
上記4棟の他、斎庭右側の脇片拝殿、左側の四脚門と合わせ国重文に指定されている。

塀重門内の建物
参拝所を背に正面には授与所、左手には御祈祷を行う勅願殿が建っている。
勅願殿は神霊の宿る守屋山に向かって祈願するための場所だそうで、元禄三年(1690)建立という。

勅願殿 授与所
勅願殿
授与所

下の段
一段下へ降りてくると、左手に社務所、その手前に末社 高島神社が鎮座。
高島神社の祭神は高島藩縁の諏訪頼忠公、諏訪頼水公、諏訪忠恒公。
東参道へ戻る途中に、大きな神楽殿があり、中にある大太鼓は江戸時代の作といわれ、大晦日にのみ打つようだ。

高島神社 神楽殿 大太鼓
末社 高島神社
神楽殿
大太鼓


 
名称
諏訪大社 上社本宮
 
主祭神
建御名方神 (たけみなかたのかみ)
八坂刀売神 (やさかとめのかみ)
 
創建
不詳
 
社格等
信濃國一宮・旧官幣大社・名神大・別表神社 
 
鎮座地
長野県諏訪市中洲宮山1
0266-52-1919
  朱印所 社務所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 上社本宮 
朱印


  次は 法華寺へ 徒歩 で約3分  


法華寺ほっけじ諏訪市



法華寺道順
至って簡単。上社本宮の東参道に出て、右の坂道を上がると法華寺の山門に着く。車は置いたままでよいかも。

参拝記
鷲峰山(しゅうぶせん)法華寺は、元天台宗の寺院であったが、鎌倉時代に領主 諏訪盛重(法名:蓮仏入道)が中興し、鎌倉建長寺の開山禅僧の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて臨済宗に改宗したとのこと。
諏訪大社上社の神宮寺で、往時は七堂伽藍が整った大規模な寺院であったという。
本堂や山門屋根の大棟には根が4本の諏訪梶の紋が描かれている。

信長との因縁
紋と扁額甲斐武田討伐のため高遠城を落した織田信忠(信長の嫡男)は、天正10年(1582)、諏訪に入り、武田家の守護神である諏訪大社上社本宮を焼き討ちにした。
武田氏の滅亡で、信長は上諏訪に入り、しばし法華寺に本陣を置いた。
武田氏討伐に加担した家康公は、信長と会見すべく法華寺を訪れている。
信長はここで論功行賞を行ない、家康公には駿河一国を与えたという。

また、この時信長の家臣である明智光秀が放った一言が信長の逆鱗に触れ、光秀を諸将の前で殴る蹴る、挙句には欄干に頭を押し付ける等の辱めを与えたといわれている。
その後2ヶ月も経たない内に、京都本能寺において面目を潰された光秀によって信長は殺されてしまう。
法華寺での一件が原因の一つであると言われている。

そんな歴史的背景がある法華寺、見処は少ないにしても訪れる価値はあると思う。

消失を逃れた山門
山門平成11年(1999)、不審火によって本堂などの堂宇が焼失し、山門を残すのみとなっていた。
その山門は、三間一戸の楼門で、屋根は銅板葺の入母屋造。上層は高欄を付した回縁を施し、中央の花頭窓が珍しい。
弁柄色に塗られた美しい門である。

門からは諏訪の街を眺めるのもよい。
山門からの景色




境内には、忠臣蔵で有名な吉良上野介義央の外孫で、後に養嗣子になった義周の墓といわれる宝篋印塔も立っている。





 
名 称
鷲峰山 法華寺
 
本 尊
釈迦如来
 
臨済宗妙心寺派
 
札所
諏訪三十三観音霊場 第19番
諏訪八十八ヶ所霊場 第24番

 
所在地
長野県諏訪市中洲神宮寺856
0266-52-4141
  朱印所 庫裏
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
法華寺朱印



  次は 手長神社へ 車 で約20分  


手長神社てながじんじゃ諏訪市

次に諏訪大社上社の末社である手長神社を参拝する。
末社といっても、別表神社に名を連ねているだけの事はあって、神域は広く社殿も多く建ち並んでいる。

手長神社道順
法華寺を背に真直ぐ進み、鳥居のある神宮寺交差点を直進して県道183号を国道20号の四賀桑原交差点まで走る。
国道20号へ左折したら諏訪二丁目交差点まで道なりに進み右折。先にある九十九折の道を登っていけば長手神社の正面に出る。

国道20号へ出てすぐの四賀交差点を右折すると、足長神社に立寄れる。 但し、駐車場が無いので参道を通過した先の足長丘公園に駐車するしかない。

参拝記
手長神社は諏訪湖を望む茶臼山の中腹に鎮座し、境内からの眺めもよい。
社殿の直ぐ下まで車で来たが、本来参道の入口はもっと下にある諏訪郵便局の隣。ここに大きな一の鳥居が立っている。
そこから何段もの石段を上り、上諏訪中学校の角辺りに二の鳥居がある。更に坂を上っていくと三の鳥居があり、石段を上ってやっと拝殿にたどり着く。
手長神社三の鳥居 一の鳥居から長い石段を上ってもよいが、初めての参拝だったので三の鳥居までどの位上るのかが分からず、車で上がって来た。

三の鳥居から15段ほどの石段を上がると、社務所などが建つ平地があり、そこから長い石段を上った壇に幣拝殿が建っている。
山の中腹なので石段が多いのは仕方の無いこと。

創建の時期は不明であるが、境内近くに手長丘遺跡、茶臼山古墳群があることから、古代から人が住んでいたという歴史があるので古いことは間違いないようだ。
また、諏訪氏の居城である高島城の鬼門に当ることから、諏訪藩家中の総鎮守とされてきたようだ。
幣拝殿
石段を上がった中央に拝殿が建つ。
唐破風懸魚や虹梁の彫刻が素晴らしい。社号額には手長神社の古称である手長宮が書かれている。

拝殿 拝殿とその奥に幣殿

中を覗くと階段状になっており、一番奥に本殿の扉が見える。
拝殿左側から社務所へ回廊が巡っていて、社殿全体が横方向に大きく見える。

摂末社
拝殿右側とその一段下に摂末社が鎮座している。殆どの社に御柱が立てられているのが凄い。
諏訪梶紋の神社幕が付いた社殿は宝永6年(1709) に造営された手長神社の旧本殿だそうだ。

境内社 境内社
左側の一回り大きな社が旧本殿
大小多くの社が建ち並んでいる

御朱印について
八剱神社朱印足長神社朱印社務所にて拝受できるが、宮司が足長神社と諏訪湖御渡神事で知られる八剱神社を兼務しているので、その2社の御朱印も手長神社で受けられる。

足長神社:長野県諏訪市四賀足長山5386  (諏訪大社上社末社)
八剱神社:長野県諏訪市小和田13-18 (諏訪大社上社摂社)





 
名称
手長神社
 
主祭神
手摩乳命 (てなづちのみこと)
 
創建
不詳
 
社格等
旧県社・別表神社・諏訪大社上社末社
 
鎮座地
長野県諏訪市茶臼山9556
0266-52-1007
  朱印所 社務所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
朱印


  次は 下社秋宮へ 車 で約17〜20分  


諏訪大社(下社)すわたいしゃしもしゃ

諏訪大社下社は春宮と秋宮の二宮より構成され、共に諏訪造で本殿はなく、幣拝殿・左右片拝殿という形式で、幣殿、拝殿は一棟の楼造になっている。

8月と2月の半年毎に神霊が春宮・秋宮間で遷座される御舟祭・遷座祭が行なわれる。


下社秋宮しもしゃあきみや諏訪市


道順
下社秋宮 神楽殿手長神社から再び国道20号に戻って右折。
大社通交差点を右折して大社通(国道142号)を進むと正面に下社秋宮がある。
案内に従って駐車場へ入る。

参拝記
上社が神体山を御神体としているのに対し、下社は御神木を御神体とし、秋宮は一位の木を御神体として祀っている。



神楽殿
神楽殿鳥居を抜けると、目に入るのが大き注連縄を下げた神楽殿。
桁行五間、梁間三間のT字形の三方切妻造(橦木造)、銅板葺。

天保六年(1835)に建立されたもので国指定重文。
大注連縄大注連縄は御柱祭の年に新しくされ、長さ13m重さは約1tとのこと。

どこか出雲大社の神楽殿を思わせる雰囲気の神楽殿である。

神楽殿前に立つ狛犬は、高さ1.7mで、青銅製の狛犬としては日本一の大きさと云われている。
見ていると、神楽殿を拝殿と思い、神楽殿だけを参拝して立ち去ってしまう人がいる。

幣拝殿
社殿は神楽殿の奥にあり、 幣拝殿・左右片拝殿で構成される。
幣拝殿は、桁行一間、梁間二間の幣殿と拝殿が一体となった二重楼造で、銅板葺切妻屋根に正面軒唐破風を付けている。
幣拝殿内部は下の写真に見るように彫刻が素晴らしい。

左右片拝殿は、桁行五間、梁間二間、切妻造、銅板葺で、幣拝殿と共に安永10年(1781)の造営である。

幣拝殿 拝殿内部
幣拝殿と左右に見える切妻屋根は片拝殿
幣拝殿内部

上社が神体山を御神体としているのに対し、下社は御神木を御神体とし、秋宮は一位の木が御神体。
また、下社は相殿神として八重事代主神を合祀している。

宝殿
宝殿拝殿奥に方三間神明造の社が2棟並んで建っているが、これは宝殿と呼ばれる建物で、一方に神輿が納められている。
屋根に千木・鰹木が付いているのも、本殿の代わり的要素が強い気がする。

宝殿は新旧2棟あり、新しい方を神殿、古い方を権殿と称し、寅年と申年に旧殿を建直し左右の遷座が行われる。


摂末社
幣拝殿の両側に摂末社が並んでいる。
左側には末社 鹿島社・子安社・賀茂社・八坂社、右側には摂社 若宮社、伊勢神宮の天照大神,豊受大神を祀る末社 皇大神宮社・稲荷社が鎮座している。

鹿島社 子安社・賀茂社・八坂社 皇大神宮社 稲荷社
鹿島社
子安社・賀茂社・八坂社
皇大神宮社(左)・摂社 若宮社
稲荷社

 

 
名称
諏訪大社 下社秋宮 
 
御祭神
建御名方神 (たけみなかたのかみ)
八坂刀売神
(やさかとめのかみ)
  配祀神 八重事代主神 (やえことしろぬしのかみ)
 
創建
不詳
 
社格等
信濃國一宮・旧官幣大社・名神大・別表神社 
 
鎮座地
長野県諏訪郡下諏訪町5828
0266-27-8035
  朱印所 社務所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 諏訪大社 下社秋宮 
朱印
御柱



  次は 下社春宮へ 車 で約 5〜7分  



下社春宮しもしゃはるみや諏訪市


道順
下社春宮 仮拝殿下社秋宮から大社通を春宮大門交差点まで進み右折。
そのまま直進し、下社春宮駐車場の看板を右に見て駐車場に入る。

参拝記
今走って来た道の正面に万治二年(1656)建立の御影石で造られた大鳥居が立ち、右側の大きく諏訪大社と掘られた社号標が目立つ。
鳥居





敷石が2列つまり複線で神楽殿に続いている。神楽殿から囲むように幣拝殿前へ延びている。
一方通行で巡って来られる様にという配慮か。中央を歩かせない工夫か。


神楽殿
神楽殿後部神楽殿下社春宮は秋宮と同様の社殿配置になっていて、鳥居を抜けると正面に神楽殿が建っている。
梁間三間、桁行五間、切妻造、銅版葺、妻入に建てられている。秋宮の神楽殿のように三方切妻ではなくシンプルな構造である。

ただし、縁を廻らせてあるが高欄は付けておらず、幣拝殿側二間の床・鴨居・縁が高く段差をつけている。(写真右)

秋宮の神楽殿は正面側三間を吹放しにしているのに対し、春宮は全面ガラス戸が建て込まれている。大きさも秋宮よりは小さく床も低い。

幣拝殿
基本的には秋宮と同様、幣拝殿・左右片拝殿で構成される。秋宮とは細部に若干の違いがあるという。
幣拝殿は、桁行一間、梁間二間の幣殿と拝殿が一体となった二重楼造で、銅板葺切妻屋根に正面軒唐破風を付けている。
左右片拝殿は、桁行五間、梁間二間、切妻造、銅板葺で、幣拝殿と共に安永9年(1780)の造営である。

幣拝殿 幣拝殿内部
幣拝殿
幣拝殿内部

春宮の御神体も御神木で、杉の木が御神体。

宝殿・筒粥殿(つつがゆでん)
宝殿春宮の宝殿も秋宮と同じだが、屋根しか見られなかったが、千木・鰹木は確認できた。

筒粥殿は神楽殿西側(左側)の石垣が積まれた一段高い場所にある。
筒粥殿特別な神事が行われる場所で、案内板には以下のように記されてある。

「筒粥神事の神粥炊上げが行われる建物で 毎年一月十四日夜から十五日早朝にかけて神職がいろりを囲み一晩中葦筒を米と小豆の粥にいれて炊込み 葦筒四十四本の内四十三本は作物の豊凶を 残りの一本は世の中を占う......」
見物もできるらしいが、冬の最中に徹夜というのも厳しい。

摂末社
神楽殿東側の幣拝殿に近いほうから、摂社 若宮社、末社 上諏訪社が、神楽殿西側には末社 子安社が建っている。
境内西側の坂を下ると砥川に出る。川の中央に浮島と呼ばれる洲があり、そこに末社 浮島社が建っている。
砥川の先には今話題の万治の石仏」がある。

若宮社 子安社 一の御柱
摂社 若宮社(左)末社 上諏訪社
末社 子安社
一の御柱

 

 
名称
諏訪大社 下社春宮 
 
御祭神
建御名方神 (たけみなかたのかみ)
八坂刀売神
(やさかとめのかみ)
  配祀神 八重事代主神 (やえことしろぬしのかみ)
 
創建
不詳
 
社格等
信濃國一宮・旧官幣大社・名神大・別表神社 
 
鎮座地
長野県諏訪郡下諏訪町193
0266-27-8316
  朱印所 社務所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 諏訪大社 下社春宮 
朱印





万治の石仏

末社 浮島社の前を横切り浮島橋を渡ると、万治の石仏へ行く道に出る。 春宮から徒歩5分ほど。

万治の石仏正面 万治の石仏側面

「万治」と云う名は、この石仏を建立した願主が、万治3年(1660)と刻まれているからだとか。
高さは2m60cm、胴回り11m85cmだが、もっと大きく感じる。
大きな身体に小さな頭がちょこんと乗っているように見えるけど、正面から見ると浮彫りになっている身体の輪郭を仏像の外形とすると、頭と胴体のバランスは悪くない。


  次は 慈雲寺へ 車 で約 2〜3分  


慈雲寺じうんじ諏訪市


慈雲寺道順
下社春宮の駐車場を右へ出て、鳥居の前を右折。
道なりに坂を上って行くと中仙道に出るので、右折して少し行くと慈雲寺の駐車場がある。
春宮から徒歩でも7〜8分。

参拝記
慈雲寺は、鎌倉の建長寺住職 一山一寧禅師を招いて正安2年(1300)に開山された寺院で、武田信玄縁の寺として知られている。
また、下社春宮の北東にある慈雲寺は、春宮を鎮護する目的ということもあり、文化5年(1808)に再建されたという本堂の大棟には中央に春宮の神紋 明神梶と両脇に武田菱の紋が付けられている。
この辺りはさくらの名所で、境内でも見事なさくらを観ることができる。

桜に埋もれる総門を入ると長い参道が続き、その先に安永6年(1777)に建立された山門が建っている。

参道入口の桜 山門
参道入口の桜
山門

山門は三間一戸の重層楼門で、上層は丈の低い高欄を巡らし、中央部分を吹通しにしている。
鐘楼門になっていて、応安元年(1368)に鋳造の梵鐘(県宝)が掛かっている。

山門を抜けると境内が広がり、樹齢400年の天桂の松の向こうに棟の高い本堂が建っている。
本堂前には枯山水の庭園が広がり、禅宗寺院の静寂な空間を味わうことができる。

天桂の松 枯山水の庭園 枯山水の庭園
天桂の松
枯山水の庭園

さくらの季節に訪れるのがお奨めである。
桜1桜2桜3

 
正式名称
白華山 慈雲禅寺
 
本 尊
十一面観世音菩薩
 
臨済宗妙心寺派
 
札所
 −
 
所在地
長野県諏訪郡下諏訪町東町中606
0266-27-8171
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
石標


  次は 松本へ 車 で約 40分  

松本駅周辺
     


2日目 

長野縣護國神社ながのけんごこくじんじゃ松本市


長野縣護國神社参拝記
松本駅から車で15分ほどの所に多くの樹々に囲まれ鎮座している。
昭和13年(1938)長野県招魂社として創建された。
昭和14年(1939)長野縣護國神社に改称し、内務大臣指定護国神社となった。

第二次世界大戦後、軍国主義施設と見なされ存続が危ぶまれるということで、一時期「護国神社」の名称を「美須々之宮」に改称していたとのこと。



護国神社鳥居の先は広い空間に敷石が社殿へと延びている。
護国神社によく見られる風景である。

訪れた時は他に参詣者がなく、長い敷石を歩いている姿は社務所からも丸見えなので、(見てはいないだろうけど)だらだらと歩くのも気が引けて、姿勢を正して社務所前を横切った。






 
名称
長野縣護國神社 
  美須々之宮
 
御祭神
長野県出身の護国の英霊
 
創建
昭和13年(1938)
 
社格等
護国神社・別表神社 
 
鎮座地
長野県松本市美須々6-1
0263-32-1979
  朱印所 社務所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
護國神社朱印


  次は 四柱神社へ 車 で約 7分  



四柱神社よはしらじんじゃ松本市


四柱神社道順
護國神社の駐車場を右に出て、美須々交差点で国道143号に合流。
暫く道なりに走り、左側に東町のバス停、右側にリパーク駐車場が見えたら駐車場の角を右折。
前方にNTTのアンテナ塔が見えれば正解。四柱神社はNTTビルの隣なのでこのアンテナ塔を目指せばよい。
道は狭くなるが、そのまま進んでNTTのビルに沿って左折。NTTの隣に四柱神社の有料駐車場がある。

参拝記
天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神の四柱を祀っているので四柱神社という名称になったそうだ。

由緒によると、旧筑摩県松本の神道中教院で、明治7年(1874)から四柱の神を祀ったことに始まる。明治12年(1879)に現在地に社殿を造営し、村社の四柱神社として遷座した。明治21年(1888)の松本大火で社殿を焼失し、大正13年(1924)に再建した。…とある。

駐車場から入ったので全体を把握しづらかったが、拝殿の前に来てみると田川沿いの道に正面の入口がある。
明治天皇が渡ったという御幸橋があり、石畳が拝殿に向っている。

御幸橋 境内
境内から御幸橋を望む
御幸橋から見る境内

拝殿御幸橋から参道が延び、両脇に石灯籠、右側に社号標が立っている。
拝殿は典型的なスタイルだが、気になったのは、提灯台はあるけど提灯は無く裸電球が吊り下げてあるのみ。

もう一つは、仕方が無いことだが社殿の後ろに立つNTTのアンテナ。
授与所の巫女さんに「アンテナ目障りですね」と言ったら、笑顔だけが返ってきた。
そうですね。とは言えないから、同意の笑顔と思う。
出来るだけ写り込まないように写真は撮ったけど.....。


境内社
拝殿の隣に昭和50年(1975)に境内社として鎮座された恵比寿神社が建っている。
恵比寿神社御祭神は出雲大社から勧請されたという大国主神(おおくにぬしのかみ)、事代主神(ことしろぬしのかみ)…大国主の息子と云われている…。
配祀神に保食神(うけもちのかみ)が祀られている。

大国主は大黒様として有名だが、事代主は恵比寿様のことで、ここでは事代主をメインに打ち出し恵比寿神社としているのだろうか。


松本市招魂殿
松本市出身の戦歿者の英霊を祀る綺麗な社殿がある。(写真無)
伊勢神宮で斎行された宮式年遷宮後、外宮(豊受大神宮)御垣内外幣殿の古材を松本市招魂殿として移築再建したそうだ。
唯一神明造は伊勢神宮の社殿を見ているようだ。

 
名称
四柱神社 
 
御祭神
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
神皇産霊神(かみむすびのかみ)
天照大神(あまてらすおおみかみ)
 
創建
明治12年(1879)
 
社格等
旧村社・別表神社 
 
鎮座地
長野県松本市大手3-3-20
0263-32-1936
  朱印所 授与所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 有料
  公式サイト 四柱神社 
四柱神社朱印


  次は 深志神社へ 車 で約 7分  



深志神社ふかしじんじゃ松本市


深志神社道順
四柱神社の駐車場を左へ出て、NTTの角まで戻り左折。
大名町通交差点を左折し、道なりに進んで、深志二丁目交差点を直進し、すぐに左折の準備をする。
右側に「七輪酒家Q」左側に学習塾を確認したら、学習塾手前の狭い一方通行を進めば突当りが深志神社。

参拝記
深志神社には本殿が二殿ある。
信濃守護 小笠原貞宗公により南北朝時代の初め暦応2年(1339)に諏訪明神(建御名方命)を祀って創建したのに始まる。当初は宮村宮(宮村大明神)と称していた。

本殿一方、小笠原貞基公が応永9年(1402)別所に京都北野天満宮(天神)より天満宮を勧請した。
後の江戸時代の慶長19年(1614)、後裔である小笠原秀政公が、天満宮の分霊を宮村宮の北側にさらに勧請され並び祀られた。
と云う歴史がある。

極彩色の本殿は、一間社流造銅版葺で明治8年に建替えられ、平成14年に全面改修されたばかりで、美しい社殿である。

右側(奥に見える方)が梶の葉紋の宮村宮、左側が梅鉢紋の天満宮。
神紋で見分けることができる。

参道・神楽殿
駐車場からだと境内脇から入るので、改めて参道に立って見てみると、入口の鳥居、その先に神楽殿、そしてその向こうに拝殿が建っている。

鳥居 神楽殿
通りの延長上に参道がある
神楽殿

神楽殿は寛文12年(1672)建立の深志神社で最も古い建物で、当初は拝殿だったという。
改修を重ねて今なお美しさを保っている。生憎の雨天なので美しさが輝いて撮れない。

拝殿・手水舎
拝殿入母屋造の拝殿も極彩色で彩られ、木肌そのままの社殿を見てきただけに、ここに来てこの極彩色には衝撃を覚える。
正面からでは分かりにくいが、拝殿には幣殿が付けられている。

手水舎極彩色はこれだけではない。参道脇の手水舎も同様、しかも施されている彫刻も素晴らしい。






 
名称
深志神社
 
御祭神
宮村宮:建御名方富命(たけみなかたとみのみこと)
天満宮:菅原道真公(すがわらのみちざね)
 
創建
暦応2年(1339)
 
社格等
旧県社・別表神社 
 
鎮座地
長野県松本市深志3-7-43
0263-32-1214
  朱印所 授与所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 信州松本 天神 深志神社 
深志神社朱印


  次は 東光寺へ 車 で約 30分  


東光寺とうこうじ安曇野市


東光寺道順
深志神社の駐車場から来た道を戻り、進入禁止の手前を右折。宮村町交差点を左折したら暫く国道143号を進む。
松本駅前を通って中央一丁目交差点を左折。暫く走って松本ICから長野道に入り安曇野ICで出る。

安曇野ICの信号を白馬・大町・穂高方面へ直進し、県道310号を重柳交差点まで道なりに走って右折。次に御法田交差点を左折したら、右折国道方面という案内が出た交差点を右折。
T字路に突当ったら左折して、道なりに進めば右手に東光寺が現れる。
駐車場は山門の両脇にスペースがある。

参拝記
東光寺は、馬頭観音を本尊に祀る曹洞宗の寺院で、三間一戸の楼門前には「吉祥仁王様の下駄」と呼ばれる大きな鉄製の下駄があるのが印象的。

この大下駄を履くと、願い事が叶うといわれている。
一応履いてはみたが、あちこちで願い事をしているので、ここでの願い事が成就したのかは定かでない。

山門 吉祥仁王様の下駄
山門
吉祥仁王様の下駄

観光寺院ではなく普通のお寺だが、見どころは多く、本堂の裏には戒壇巡りの入口がある。(100円)
中に入るとやはり真っ暗。 東光寺は馬頭観音を札所本尊とする信州川西三十三観音霊場の第8番札所でもある。

本堂左手前のお堂には室町時代作と云われる薬師如来像が安置されている。
境内の枝垂桜はちょうど満開の時期を迎えていた。

薬師堂 境内
薬師如来立像を安置
本堂前から望む境内

 

 
名称
吉祥山 東光寺
 
本 尊
馬頭観音
 
曹洞宗
 
札所
信州川西三十三観音霊場 第8番
 
所在地
長野県安曇野市穂高等々力2721
0263-82-2056
  朱印所 庫裏
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
東光寺朱印


  次は 穂高神社へ 車 で約 3分  



穂高神社ほたかじんじゃ安曇野市


穂高神社道順
東光寺の駐車場を右に出て進み、左手にドラッグストアがある交差点を右折。
次の穂高駅入口の交差点を左折し、少し行くと左手に鳥居が出てくるので、左折して境内に入る。
駐車場はもう1箇所あるが、こちらの方が分かりやすい。

徒歩でも12〜13分ほどの距離。


参拝記
穂高神社は、ここ安曇野市穂高が本宮で、上高地の明神池入口に奥宮が鎮座し、穂高見神が降臨したとされる奥穂高岳(3,190m)の山頂に嶺宮が鎮座している。

拝殿主祭神の穂高見命は、海神族であるが故に、毎年9月27日に行なわれる例大祭には、船形の山車に穂高人形を飾った大小5艘のお船を曳いて練り歩く「お船祭り」が催される。
隣接する御船会館に御船(山車)が展示されているので普段でも見ることができる。

20年に一度の式年遷宮が行われたばかりで、拝殿の向こうに真新しい中殿が目立っていた。

正面入口から神楽殿
駐車場から一旦外に出て正面へ回ってみた。

境内 神楽殿
正面の鳥居
神楽殿

東側の入口から入ると杉木立に挟まれるように鳥居が立ち、荘厳な神域へと誘われる。
鳥居の先には神楽殿が建ち、その奥に式年遷宮で新たになった拝殿の雄姿が見える。

本殿は拝殿の奥に三棟が並ぶ三殿方式で、中殿は穂高造と呼ばれ、勝男木が大棟の中心からV字に千木の中心に乗る様な形で造られている。三殿の隣には三殿より小さな別宮の神明社が並び天照大神が鎮座している。

境内社
拝殿に向って右側に、祭神に安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)、相殿神に信濃中将を祀る若宮社を中として多くの社殿が鎮座している。
また、境内社の後ろにはしっかりとした造りの神馬社がある。

若宮社 末社郡 神馬舎
若宮社
末社郡
神馬舎


 
名称
穂高神社 
 
御祭神
中殿:穂高見命(ほたかみのみこと)
左殿:綿津見命(わたつみのみこと)
右殿:瓊瓊杵命(ににぎのみこと)
別宮:天照大神(あまてらすおおみみこと)
 
創建
不詳
 
社格等
旧国幣小社・式内社(名神大)・別表神社
信濃國三宮
 
鎮座地
長野県安曇野市穂高6079
0263-82-2003
  朱印所 授与所
 
最寄駅
 
駐車場
有り 無料
  公式サイト 穂高神社 
穂高神社朱印


  次は 満願寺へ 車 で約16〜20分  



満願寺まんがんじ安曇野市


満願寺道順
穂高神社の駐車場を左に出てすぐの穂高駅前交差点を右折。
次の信号を左折して、その先の前橋南部運送の看板があるところを左分岐する。
道なりに走って穂高大橋南交差点を右折、橋を渡った先の穂高大橋北交差点を左折。
そのまま走ると県道25号にT字路で突当るので、左折したら直ぐに右折し、そのまま走ると次第に山に入る感じになる。
暫く上って行くと、直進 微妙橋駐車場P 右 満願寺林道という看板が立つ分岐路がある。
ツツジが見頃の頃は混むが、それ以外なら空いているので林道の方へ進むと、やがて満願寺の方向を示す看板のある橋があるので、必ず指示方向へ左折し、庫裏脇の駐車へ向う。

参拝記
参道神亀年間(724〜729)境内の長者ヶ池から出現した仏像を、堂宇を建立し安置したのが創建の由来であると伝えられる古刹である。

天正10年(1582)頃、深志城(現松本城)城主小笠原貞慶による再建修理の際に現在地に移転したことに由来してか、大棟には豊山派の紋の間に小笠原氏の三階菱紋が飾られている。

信濃三十三観音霊場 第26番札所だが、観音霊場と云うより満願寺ツツジ公園の方が有名である。

本来は下の駐車場に置き、日本三霊橋と云われる屋根付き太鼓橋の「微妙橋」を渡って参道を歩いて上るのが味わい深いのだが、200段近い石段を上る勇気がなかった....かな。

本堂
破風本堂梁間十間、棟の高い本堂の大きさに驚く。

茅葺の屋根を銅版で覆った為、屋根部分の厚みが出て一層大きく見える。

正面向拝部分の入口は、鴨居を高くしているので全体のバランスが美しい。

懸魚や破風に施された彫刻も見応えがあるので、見ていくのがお奨め。


境内諸堂
この石段を上がって来ると鐘楼、観音像を挟んで大聖歓喜天を祀る聖天堂が境内左端に並んでいる。

鐘楼 観音像 聖天堂
鐘楼
観音像
聖天堂

聖天堂の説明看板には、明治二十八年(1895)木曽福島の大工、瀬川伊勢松の建築によるものと記されている。
向拝方三間の宝形造、?葺、一間の唐破風の向拝を付け、高欄を付した縁を巡らせている。
説明にあるように、虹梁や木鼻の彫刻、組物や茅負に至るまで優雅に造られている。





     
 
名称
栗尾山 満願寺
  別称 栗尾観音
 
本 尊
千手観音
 
真言宗豊山派
 
札所
信濃三十三観音霊場 第26番
信州川西三十三番霊場 第1番
 
所在地
長野県安曇野市穂高牧1812
0263-83-2088
  朱印所 納経所
 
最寄駅
付近に鉄道の駅なし
 
駐車場
有り 無料
満願寺朱印
 




八面大王足湯

八面大王足湯満願寺から北へ車で12〜13分ほど走った森の中に無料で入れる足湯がある。
道順は、満願寺から県道25号へ戻って左折。
25号と308号しゃくなげ線との十字路を左折。(交差点の角に 八面大王足湯の小さな看板あり)
ロータリーが出てくるので、左手にある駐車場に留めるとよい。
足湯はロータリーの一角にある。

営業:10:00〜22:00
タオルが無ければ近隣の温泉施設で購入できる。

所在地:長野県安曇野市穂高有明





     
安曇野
   
安曇野
リゾートイングリーンベル
       
     
     





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