諸國放浪紀 江戸三大不動 目黒不動 目白不動 薬研堀不動
         
 

カーン日本三大…,江戸三大…というのはよく聞く話ですが、薬研堀不動院に行くと
「奉納 江戸三大不動 薬研堀不動尊」と赤い生地に白文字の幟がたくさん立っています。

あとの二つはと聞くと、目黒不動尊と目白不動尊だということで、五色不動巡りで残り2ヶ寺を回って見ようという事になりました。

誰が決めたかは分かりませんが、江戸〜なので古くから定義付けられていたのでしょう。
 
 
     
         
江戸三大不動一覧
 
         
 
名称
寺院名
宗派
所在地
泰叡山 瀧泉寺 天台宗 東京都目黒区下目黒3-20-26
神霊山 金乗院 真言宗豊山派 東京都豊島区高田2-12-39
薬研堀不動院 真言宗智山派 東京都中央区東日本橋2-6-8
 
         
ご朱印一覧
 
         
 
目黒不動尊
目白不動尊
薬研堀不動尊
 
 
     
         
江戸三大不動尊全体マップ
 
       

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目黒不動尊
 
         
寺院名
 
泰叡山 瀧泉寺
通称
 
目黒不動尊
宗派
 
天台宗
札所等
 
関東三十六不動霊場 第18番
江戸三十三観音霊場 第33番
ご詠歌
  清らけき 目黒の杜の 独鈷滝
   災厄難を 除ける 不動尊
所在地
 
東京都目黒区下目黒3-20-26
03-3712-7549
最寄駅
 
東急目黒線 不動前駅 8分
東急バス(渋72) 目黒不動尊 0分
公式サイト
 
目黒不動尊
沿 革 
創建は大同3年(808)、慈覚大師円仁によるという伝承がある。
元和元年(1615)本堂が焼失したが、後に三代将軍家光公がこの地で鷹狩りを行った際、その鷹が行方不明になり、家光公は不動尊に祈願をしたところ、鷹が松の木(鷹居の松)に戻った。家光公は不動尊の力を尊信し、堂宇伽藍を再建し江戸城五方の方難除け、五街道の守護に当てた。以後、徳川幕府の庇護を受け繁栄するようになった。
 
 
境内にバス停があるので、バスの待ち時間が気にならない人には便利です。

バスを降りると、その先に朱塗りの仁王門が建っています。
三門一戸の楼門で、左右に那羅延金剛像・密迹金剛像が安置されています。階上には韋駄天が祀られているのだそうです。

門を入ると、広い境内の中、石灯籠に導かれた参道が延び、先には大木に覆われた長い石段があります。その先には朱塗りの本堂が僅かに見えます。 大きな神社を思わせる構図です。

山を利用した地形の上に建つ本堂。麓や斜面には幾つかの堂宇が建ち、様々な不動明王が祀られています。
境内すべてを拝観して廻るのに結構な時間を要します。
山門  
 
水掛け不動
下の境内、石段の左手には不動明王の石像が立っています。

みずかけ不動になっていて、柄杓でお不動さんに水を掛け、願を掛けます。

この水場は独鈷の滝と称して、開山以来涸れずに流れる出る霊水『龍御神水』だそうです。

背後の斜面にはたくさんの石仏が置かれてます。
ここは流行の心霊スポットと言う人がいますが、話題を作りたいTV番組のいい加減な話ですね。
ご本尊の不動明王を差し置いて、何が心霊スポットですかね。
 
 
Memo
 
 
瀧泉寺は、関東三十六不動尊霊場の札所ですが、江戸三十三観音霊場の結願寺でもあります。
ご朱印を頂くときは、お不動さんで頂きます。

関連ページ 昭和新撰江戸三十三観音霊場 第33番
江戸五色不動 目黒不動
 
   
観音霊場朱印
目黒不動 朱印
観音霊場ご朱印
不動尊ご朱印
 
       
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目白不動尊
 
         
 
寺院名
 
金乗院:神霊山 金乗院 慈眼寺
目白不動:東豊山 新長谷寺 金乗院
通称
 
目白不動尊
宗派
 
真言宗豊山派
本尊
 
聖観世音菩薩
札所等
 
目白不動尊
関東三十六不動霊場 第14番
御府内八十八ヶ所霊場 第54番
ご詠歌
  うつし世の まことの道を たずぬれば
   しるしまみえん 宿坂の里
所在地
 
東京都豊島区高田2-12-39
03-3971-1654
最寄駅
 
都電荒川線 学習院下駅 4分
  目白不動尊  
 
沿 革 
金乗院は、永順法印が本尊となった聖観世音菩薩を勧進し、観音堂を築いたのが草創であるとされている。
昭和20年(1945)の戦災で本堂や宝物を焼失。現在の本堂は昭和46年(1971)の再建である。(写真下)

目白不動堂は、元々は金乗院のものではなく、1kmほど離れた関口駒井町(現文京区関口)に存在した東豊山浄滝院新長谷寺(ひがしぶざん じょうりゅういん しんはせでら) という真言宗豊山派の寺院のものであった。

新長谷寺は、奈良の真言宗豊山派総本山長谷寺末であり、本尊不動明王は断臂不動明王と呼ばれていた。
弘法大師が湯殿山に参籠の際、大日如来が不動明王の姿で現れ、自らの剣で左臂を切り、ここから霊火が燃え盛り大師にお言葉を告げられた。大師はそのお姿を刻み、それが断臂不動明王であるという縁起が伝承されている。

寛永年間に三代将軍家光公は江戸五街道守護のため断臂不動明王に「目白」の号を贈り、以後この不動明王像は目白不動明王と呼ばれるようになったという。その後、五代将軍綱吉公や同母桂昌院の帰依を受け発展したが、第二次世界大戦による戦災で壊滅的な被害を受け、昭和20年(1945)に廃寺となった。
本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至っている。
 
 
都電荒川線 学習院下停留所を降りて、山手通りと反対の方向へ歩いて行くと小学校があり、その先に金乗院が建っています。

境内に入ると、 大きな堂宇が見えるが、こちらは聖観世音菩薩が祀られている金乗院の本堂です。

目白不動尊は、山門の北側にある2階建ての上に建つ不動堂に祀られています。

目白不動尊参道と書かれた階段を上ると、小さなお堂があり、手前にはちゃんと香炉も備えてありました。
 
金乗院本堂
 
 
     
  目白不動尊は関東三十六不動霊場と御府内八十八ヶ所の札所です。また、金乗院は江戸三十三観音霊場と御府内八十八ヶ所の札所です。

金乗院のご朱印は、山号「神霊山」が記されていますが、目白不動尊の方は「新長谷寺」と添えられています。

納経所(朱印所)が一緒の寺務所なので、要注意です。

関連ページ   昭和新撰江戸三十三観音 第14番
 江戸五色不動 目白不動
 
目黒不動 朱印 御府内ご朱印
不動尊の御朱印
御府内八十八ヶ所
 
         
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薬研堀不動尊
 
         
 
寺院名
 
川崎大師東京別院 薬研堀不動院
通称
 
薬研堀不動尊
宗派
 
真言宗智山派
本尊
 
不動明王
札所等
 
関東三十六不動霊場 第21番
御府内八十八ヶ所霊場 第23番
ご詠歌
  ざんにんの こころをおとす やげんぼり
   みょうおうさまが すくうひとさじ
所在地
 
東京都中央区東日本橋2-6-8
03-3866-6220
最寄駅
 
都営浅草線 東日本橋駅 B3出口 徒歩約3分
都営新宿線 馬喰横山町駅 A4出口 徒歩約5分
  薬研堀不動尊  
 
沿 革 
天正13年(1585)、紀州(現和歌山県岩出市)根来寺の大印僧都が、豊臣秀吉の兵火に遭った根来寺からご本尊の不動明王を江戸隅田川付近に移し、堂宇を建立したのが始まりと言われている。

明寺25年(1892)、川崎大師平間寺の東京別院となり、今日に至っている。
 
 
地下鉄の東日本橋駅を出て、下町の界隈を歩いているとオフィスビルに挟まれ細長く建つ、宝塔のような、お堂のようなお寺があります。

ここが薬研堀不動院で、 赤い幟が立ち霊場らしい雰囲気を出しています。幟に江戸三大不動とあり、三大とは建築規模の大きさではないことが伺えます。

下から真直ぐ延びる石段は建物の中3階位に及んでいます。
いきなり石段と思いますが、目黒不動より短いので、冷静に見れば驚くことも無い石段です。

石段を上り切ったところでも参拝できますが、自由に中に入れるので、せっかくだから間近にお不動さんを拝むのがよいと思います。

ご本尊の不動明王は、保延3年(1137)諡号興教大師 覚鑁(かくばん)上人が彫り、根来寺に納めた尊像です。

薬研堀不動御朱印12月28日に催される「納の不動」の前後3日間は、歳の市が立ち、大勢の参詣客が集まります。

薬研堀不動院は講談と縁が深く、毎月28日のお不動様の縁日には、奉納講談が行われています。

納経所は本堂内左脇の窓口です。
関東三十六不動霊場と御符内八十八ヶ所霊場の札所です。
  不動院全景  

 
参考図書

 
 
 
 
仏に出会う旅三大寺院シリーズ
 

諸國放浪紀

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