諸國放浪紀江戸三十三観音霊場
第26番 周光山 済海寺しゅうこうさん せいかいじ
正式名称
  周光山 長寿院 済海寺
宗派
 
浄土宗
札所本尊
 
亀塚正観世音菩薩
本尊
 
阿弥陀如来
御真言
 
おん あろりきゃ そわか
ご詠歌
 
昔より 立つとも知らぬ 今熊野
   仏の誓ひ 新たなりけり
所在地
 
港区三田4-16-23
03-3451-1082
最寄駅
 
泉岳寺駅 A3出口 8分
済海寺本堂
道のり  
25番魚藍寺 26番済海寺
札所25番魚藍寺からは徒歩約7分。魚籃寺を左に出て、魚籃坂を上り、大丸ピーコックの手前を左折、道なりに行くと亀塚公園がある。済海寺は公園の先。
参拝メモ
何ヶ寺か寺院の前を通り過ぎると、右手に亀塚公園が現れる。公園のはずれに交番があり、その隣が済海寺である。
直接来る場合は、泉岳寺駅A3出口を出て左に進み、高輪郵便局の裏にある亀塚公園の階段を上り、公園を突っ切れば済海寺前の道に出る。写真左は亀塚公園の「亀塚」、右は済海寺の門柱。
山門六地蔵

門を入ると、広い境内に驚かされる。魚藍寺と趣をまったく異にする眺望を目にする。
この地は、江戸時代に「月の岬」と呼ばれた丘陵で、境内の奥に建つ堂宇の後ろは、高層ビル以外まったくの空間である。

本堂・庫裏
この空間で、まず目に入るのは、緑色の屋根をした近代的建築の本堂・庫裏である。

平成9年に改築された本堂・庫裏であるが、済海寺の創建は元和7年(1621)と古い。
開山は念無聖、開基は越後長岡藩主 牧野駿河守忠成で、創建以降牧野家の菩提寺となったとのことである。

境内は都指定旧跡
日仏修好通商条約が締結された翌年の安政6年(1859)、フランス公使館が済海寺に設置されることになり、明治3年(1870)公使館が引払いとなるまで、書院・庫裡が宿館として使用された。
門を入った左手に「都旧跡 最初のフランス公使宿館跡」と刻まれた石標と看板が立っている。

観音堂
さて、観音さまは何処に....。
住職に伺ったら、あちらですと指差された先には木造の小さな小屋が建っているではないか。

門を入った時、近代的な本堂が目に入ったので、物置小屋の前を通ったとばかり思っていた。
観音さまには大変失礼なことをしてしまった。

いわゆる観音開きの扉ひとつで、他に窓らしきものは無く、板で密閉されているようだ。
縁を巡らせるとか、鰐口や賽銭箱を設けるとか、もう少し観音堂らしくは建てられないものかと。本堂・庫裏が立派なだけに少々寂しい気がする。

Memo
  済海寺朱印  
創建
元和七年(1621年)
  開山 念無上人
     
  納経所 庫裏
     
  駐車場 境内に広い駐車スペースがある
     
     
       
       


近くの参詣スポット
亀塚神社
済海寺の先に亀塚神社があると聞いて行ってみた。
よくある神社をイメージしていたら見当たらない。
通りかかった女子中学生に尋ねると、「多分ここです。」と案内されたのが、一人分の参拝スペースしかない小さな神社。
旗も立っているし間違いない。

御田八幡神社
御田八幡神社江戸八所八幡の御田八幡神社がすぐ近くにあるので、是非立寄ってみたい。
済海寺隣の亀塚公園の下に位置しているので、公園の奥から階段を下りたらすぐだ。

主祭神 :誉田別皇尊 (ほんだわけのみこと)
創 建  :和銅二年(709)
社格等 :旧郷社・延喜式内論社
鎮座地 :東京都港区三田3-7-16

関連ページ  江戸八所八幡 御田八幡神社


Map



大きい地図・ルート検索  ( powered by ゼンリン地図 いつもNAVI )

Prev     Next


諸國放浪紀 仏に出会う旅 HOME 仏に出会う旅 江戸三十三観音霊場

inserted by FC2 system