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目白不動尊
 
         
寺院名
 
金乗院:神霊山 金乗院 慈眼寺
目白不動:東豊山 新長谷寺 金乗院
通称
 
目白不動尊
宗派
 
真言宗豊山派
本尊
 
聖観世音菩薩
札所等
 
関東三十六不動霊場 第14番
御府内八十八ヶ所霊場 第54番
ご詠歌
  うつし世の まことの道を たずぬれば
   しるしまみえん 宿坂の里
所在地
 
東京都豊島区高田2-12-39
03-3971-1654
最寄駅
 
 
目白不動尊
 
沿革 
金乗院は、永順法印が本尊となった聖観世音菩薩を勧進し、観音堂を築いたのが草創であるとされている。
当初は中野宝仙寺末で、蓮花山金乗院と称していた。後に大本山護国寺の末寺になり神霊山金乗院と改めた。
昭和20年(1945)の戦災で本堂や宝物を焼失。現在の本堂は昭和46年(1971)の再建である。(写真下)

目白不動堂は、元々は金乗院のものではなく、1kmほど離れた関口駒井町(現文京区関口)に存在した東豊山浄滝院新長谷寺(ひがしぶざん じょうりゅういん しんはせでら) という真言宗豊山派の寺院のものであった。

新長谷寺は、奈良の真言宗豊山派総本山長谷寺末であり、本尊不動明王は断臂不動明王と呼ばれていた。
弘法大師が湯殿山に参籠の際、大日如来が不動明王の姿で現れ、自らの剣で左臂を切り、ここから霊火が燃え盛り大師にお言葉を告げられた。大師はそのお姿を刻み、それが断臂不動明王であるという縁起が伝承されている。

寛永年間に三代将軍家光公は江戸五街道守護のため断臂不動明王に「目白」の号を贈り、以後この不動明王像は目白不動明王と呼ばれるようになったという。その後、五代将軍綱吉公や同母桂昌院の帰依を受け発展したが、第二次世界大戦による戦災で壊滅的な被害を受け、昭和20年(1945)に廃寺となった。
本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至っている。

金乗院は本尊が聖観世音菩薩であり、江戸三十三観音霊場 第14番、弘法大師御府内霊場 第38番札所であるのに対し、目白不動尊は関東三十六不動霊場 第14番、弘法大師御府内霊場 第54番札所である。また、江戸三不動(目白、目黒、目赤)第一位でもある。

 
 
Note
     
 
都電荒川線 学習院下停留所で降りて、山手通りと反対の方向へ歩いて行くと小学校があり、その先に金乗院が建っています。

境内に入ると、 大きな堂宇が見えるが、こちらは聖観世音菩薩が祀られている金乗院の本堂です。

目白不動尊は、山門の北側にある2階建ての上に建つ不動堂に祀られています。

目白不動尊参道と書かれた階段を上ると、小さなお堂があり、手前にはちゃんと香炉も備えてありました。
 
 
 
金乗院は、新長谷寺の目白不動尊と合わせると、4つの霊場になっています。
山門には関東三十六不動、江戸三十三観音の札が掛けてあり、弘法大師霊場を示す石標も立っています。

墓地の中には、慶安の変に関わった江戸時代の武士丸橋忠弥(写真左)、青柳文庫の名の由来となった青柳文蔵など著名な人の墓があります。
 
 
     
 
 ご朱印
納経は寺務所で受付けてくれます。
写真上の山門から見える玄関が寺務所です。

4つの札所が併設されているので、五色不動で巡っている旨を伝える必要があります。
 

江戸三十三観音札所・御府内八十八ヶ所(聖観音)のご朱印は金乗院の山号「神霊山」が記されていますが、目白不動尊のご朱印には「新長谷寺」と添えられています。

関連ページ   昭和新撰江戸三十三観音 第14番
 
   
 
関東36不動14番
江戸33観音14番
御府内54番
御府内38番
目黒不動 朱印 金乗院ご朱印
 

 
       
         
   
         
   
     
 
参考書

 
 
 
         

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