諸國放浪紀江戸三十三観音霊場
第27番 来迎山 道往寺らいごうさん どうおうじ
正式名称
来迎山 一声院 道往寺
札所本尊
 
聖観世音菩薩・千手観世音菩薩
本尊
 
阿弥陀如来
宗派
 
浄土宗
ご詠歌
 
かかる世に 生まれあう身の あな憂やと
   思はで頼め 十声一声
ご真言
 
おん あろりきゃ そわか  聖観音
おん ばざら たらま きりく   千手観音
併設札所
 −−−
所在地
 
東京都港区高輪2-16-13
03-3442-5495
最寄駅
  都営浅草線 泉岳寺駅 A3出口 3分
公式サイト
  来迎山 道往寺 
道往寺
道のり  
26番済海寺27番道往寺
札所26番済海寺からは、来た道を伊皿子交差点まで戻り、左折し次の信号を渡った先に道往寺の西門がある。
因みに泉岳寺駅A3出口を出て直ぐ、ENEOSのスタンド手前の路地を入った突当りが山門になる。直接来るならこちらが便利。
参拝メモ

道往寺は、西門から入ると分からないが、泉岳寺駅から徒歩1分、国道15号通称第一京浜から路地を入った静かな場所に建っている。江戸時代、この辺りは「高縄手」と呼ばれた台地で、下はすぐ海岸だったらしい。高縄手が高輪になったのだろうか。

山門 西門
泉岳寺駅に近い山門
伊皿子坂に面した西門

道往寺の創建は寛文時代(1661〜1673)で、当時は札所26番済海寺の住職の隠居寺であったらしい。
東京大空襲によって戦火を浴び、庫裏は焼失したものの、本堂は焼失を免れたそうだ。

2013年すべてを建替えるという大規模工事が行われ、かなり近代的な建物になった。
本堂や観音堂は西門と同じ高さレベルに建っている。

本堂
二階建ての上層部分が新本堂で、一階は民営の斎場になっている。
本道棟 旧本堂
2階本堂正面
旧本堂
以前の本堂は、綺麗に手入れされた庭木の間を抜けた先に建つ、簡素な感じの堂宇であった。
向拝や階段がなければ、住居と間違えるくらいの建物である。戦災で庫裏が焼けたのに、よく免れたと感扁額心する。
「道往寺」と書かれた扁額に見覚えがある。
旧本堂のものをそのまま継承しているように思える。

観音堂
本堂の奥(西門から入れば手前)に建つ小さなお堂、と言っても本堂と統一感のある斬新なデザインなので「お堂」というイメージではない。

正面がガラス張りなので、後ろの風景が写り込んで、仏像がよく見えない。
観音堂 観音像
2階本堂正面
旧本堂
かつては、境内の石標から分かるように、江戸西方観音霊場 第21番 (聖観音)・第22番 (千手観音)の札所でもあったことから、札所本尊の観音さまが聖観音と千手観音の2体を祀っている。

厨子に収められているのが札所本尊の観音さまだが、秘仏のため普段は拝見することが出来ない。見えるのは前立ちの本尊である。
年に一度だけ開扉される。


境内
観音堂から境内を眺めると、墓地が見えるが、位置は以前と変わっていない。
墓地はそのまま残して建替えているのだろう。
観音堂から見下ろす
石仏郡

以前、門を入ると、右手には墓地があり、墓地と対面して石仏群が立っていた。まるで、墓地に眠る仏を見守っているかのようである。

多くの地蔵像の中に観音像も見られる。
いつ頃から、どこから集められてきたのか、聞きそびれてしまった。
この寺の歴史は古いので、このくらいの石仏があってもおかしくはないが。

現在、この石仏は墓地の前に綺麗に整列して安置されている。
露座ではなく、建造物の下層部分に収められているので雨に濡れることもなくなった。


道往寺朱印 Memo

納経は本堂建屋内の受付でお願いする。

駐車場 :西門周辺と、第一京浜沿いにコインパーキングが1ヶ所ある。

次の札所は29番高野山東京別院へ向う。28番金地院は、既に21番増上寺へ行く際に巡っている。


泉岳寺
駅名にもなっていて、赤穂義士 四十七士を弔う墓所があることで有名な泉岳寺は、道往寺から約7分ほどの歩いたところにある。
まず、 第一京浜に出て右折し、泉岳寺交差点を更に右折し坂を上がれば斜め左に参道がある。
境内には四十七墓所の他、赤穂義士記念館など赤穂義士に縁のあるものを見ることができる。

毎年、12月14日には義士祭が催される。
 
  萬松山 泉岳寺  曹洞宗  本尊 : 釈迦如来
創建 : 慶長17年 (1612)
東京都港区高輪2−11−1
公式サイト : http://www.sengakuji.or.jp/  

 寺社を巡る旅 関東編 泉岳寺




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