諸國放浪紀
寺社を巡る旅
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日本橋から品川宿(前編)後編はこちら江戸東京寺社回廊

日比谷神社 日比谷神社 日比谷神社 日枝神社 烏森神社 増上寺 芝東照宮 日比谷神社 芝大神宮
 
茅場町駅へは東京駅から地下通路で東京メトロ東西線の大手町に行く。
このルートの地図を開く東西線は東陽町・西船橋方面行電車に乗って2つ目の『茅場町』が下車駅

はじめに

日本橋から旧東海道品川宿までの寺社を巡る。
一回目は茅場町の日枝神社から芝公園までを行く。
スタートは証券会社が建ち並ぶ日本橋茅場町の日枝神社日本橋摂社から。
途中、地下鉄を乗り継いでの移動となる。

日枝神社 日本橋摂社(御旅所)ひえじんじゃ にほんばしせっしゃ日本橋・茅場町


日枝神社摂社道順
東京メトロ東西線 茅場町駅9番出口を出て、東京証券取引所へ向う道路に面して日枝神社の参道がある。

由緒
日枝神社日本橋摂社は、千代田区にある山王日枝神社の境外摂社で、天正年間(1573〜92)から、日枝神社の祭礼に八丁堀まで神輿が船で神幸したことに起因し、天正18年(1590)に社殿が創建された。

この地は徳川家光公より天台宗天海大僧正(慈眼大師)が拝領し、江戸城鎮守の山王日枝神社の山王御旅所に別当寺として智泉院の薬師堂を建立した。

本尊薬師如来は、山王権現の本地仏として、山王御旅所に安置されたものである。 明治の神仏分離令により日枝神社がここに残り、現在薬師如来は、川崎市の等覚院に安置されている。

大正4年(1915)、山王日枝神社が官幣大社に昇格した際、本社の境外摂社となった。
末社の浅間大神,菅原大神,稲荷大神は、昭和3年(1928)に社殿が再建された際、本殿に合祀されたという。 境内に鎮座している明徳稲荷神社との関係がよく分からない。


参道社標ビルの谷間に参道がある。正面の鳥居の先には社標を刻んだ石柱が立っている。

よく見ると、「官幣大社 日枝神社 摂社 日枝神社」とあるが、「官幣大社 日枝神社」の部分は何かで埋めた跡がある。

鳥居の先は、緑多い境内が広がっている。
ベンチが4台、携帯をいじっている若いサラリーマン2人、本を読みながら居眠りしているOLさん、それらを眺めている自分。
ここは、ひと時の休息の場なのであろうか....。
狛犬境内を横切って、本殿脇の通用口との通行がある。しかし、社殿に参拝する人は居ない。

狛犬の遠吠え?
一対の狛犬が天を仰いでいる。まるで遠吠えのようである。
参道入口を睨んでいる狛犬は見たことがあるが、天を仰いでいるのは初めて見る気がする。
ユニークな狛犬はあったが、本社にあるような神猿像は見かけなかった。

御朱印はここで
そのまま突当ると、授与所兼社務所である。
御朱印はここでいただくが、半紙に書置いたものに日付を書き込んでくれる。
神社の袋に入れて渡してくれるところは、さすがに日枝神社だなと思う。

明徳稲荷神社 明徳稲荷神社
境内北側奥に倉稲魂神を祀る稲荷社が鎮座している。
日枝神社としての説明には載っていない。

中央区神社めぐり事務局が発行している「お江戸下町 神社案内」には日枝神社に関しては何の記載も無いが、明徳稲荷神社については鎮座地も含め地図上に明確に掲載されている。




裏に回ると....
社殿の脇を通って裏側に出ると、永代通りへ通じる路地がある。
周りをビルで囲まれたこの地が、神幸のあった場所とは思えない環境である。
ここを抜けて地下鉄の駅へと向う

   
  名称 日枝神社 日本橋摂社
  御祭神 大山咋神(おほやまくひのかみ)
  相殿 浅間大神,菅原大神,稲荷大神
  創建 天正十八年(1590)
  社格等 日枝神社 摂社
  例祭 6月13日(隔年)
  鎮座地 東京都中央区日本橋茅場町1-6-16
03-3666-3574
  御朱印 朱印所 8:00〜16:00 初穂料500円
  最寄駅 東京メトロ東西線 茅場町駅 
  公式サイト 日本橋日枝神社 
日枝神社摂社朱印


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日枝神社 烏森神社(移動時間約17〜19分 :電車の待ち時間含まず)
茅場町駅まで戻り、東西線中野・三鷹方面に乗り、次の日本橋駅で銀座線渋谷行に乗換える。
日本橋から3つ目の『新橋』で下車。



烏森神社からすもりじんじゃ新橋


烏森神社道順
日枝神社日本橋摂社からは、地下鉄を乗換えて新橋へ向う。

新橋駅ではJRの駅構内を抜けて「烏森口」へ出る。
金券ショップなどでお馴染みのニュー新橋ビルの向こう側に烏森神社は鎮座している。

由緒
烏森神社の創建年代は不詳といわれているが、由緒書によると天慶3年(940)、平将門が叛乱を起こした際、時の将軍藤原秀郷が武州のある稲荷に戦勝を祈願した。
すると、白狐が現れ白羽の矢を秀郷に与え、その矢によって速やかに乱を鎮め得た。秀郷はお礼として、霊地である現在地に神社を創建したのが始まりとある。

江戸時代の明暦の大火でも類焼を免れたこと、また椙森神社・柳森神社と併せ「江戸三森」として広く庶民から崇敬されてきたという。
現社殿は昭和46年(1971)に造営された建物だそうだ。






参拝記
参道烏森神社はサラリーマンの聖地、歓楽街の一画にあるので、社務所が開いている時間帯の参拝がよい。アフター5では誘惑に駆られて、神社まで辿り着けるか心配だ。

細く延びた参道の先に鳥居らしきものが立っている。多分鳥居だ。
その先の石段を上ったところに拝殿が建っている。
鳥居もそうだが、社殿も非常にユニークなデザインである。

鳥居も社殿もモノトーンな基調なので、特異な形状に違和感が無い。美しささえ感じる。
社殿とは裏腹に、色みくじをはじめ、御朱印と共にいただける御守からパンフレットに至るまで、かなりカラフルなデザインである。

二つの授与所
第二授与所通常は参道右手にある第二授与所(左写真)で御守やおみくじを頒布している。御朱印もここでいただく。
年末年始や大祭があるときは、拝殿下左の第一授与所が開いている。

御朱印は第二授与所で
御朱印の初穂料は500円で前払い。朱印帳に書入れをしている間、社務所前の椅子で待つよう促される。

書き上がると席まで持ってきてくれる。
カラフルな栞のような御守と福豆を御朱印共にいただく。
東京23区内では、明治神宮と初穂料は同額だが、明治神宮の絵葉書とこのお札では有難味が違う気がする。

  名称 烏森神社
  御祭神 倉稲魂命 (うがのみたまのみこと)
天鈿女命 (あめのうづめのみこと)
瓊々杵尊 (ににぎのみこと)
  創建 天慶三年(940)
  社格等 旧村社
  例祭 5月4日〜6日
  鎮座地 東京都港区新橋2-15-5
03-3591-7865
  御朱印 社務所 9:00〜16:00
  最寄駅 JR・地下鉄銀座線浅草線 新橋駅 
  公式サイト 烏森神社 
  烏森神社朱印



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烏森神社 日比谷神社 (徒歩約6〜8分)
烏森通りに出て左折。JRの高架に沿って右に進み第一京浜国道まで来ると、道路の対向に日比谷神社が見える。


日比谷神社ひびやじんじゃ汐留


日比谷神社 由緒
日比谷神社の創建年代は不詳である。
元は現在の日比谷公園内の大塚山に鎮座し、日比谷稲荷明神・旅泊稲(さば)荷明神と称していた。

慶長11年(1606)、江戸城拡張に当たり、氏子と共に現在の東新橋である芝口に移された。

明治5(1872)年に村社に列せられ、その後、関東大震災の影響で昭和3年(1928)の都市計画区割整理の対象となり、芝愛宕下町二丁目(現在の新橋四丁目)に換地されて、社殿が造営された。

平成21年(2009)、環状2号線の建設に伴い、現在地の東新橋2丁目に遷座した。
歴史的な事象が背景にあるとはいえ、随分と遷座させられた神社である。

参拝記
第一京浜に面して参道がある。歩道との間に砂利が敷き詰めてあるのが、ここから神社の境内なるぞと主張しているように見える。
鳥居をくぐり、10段の石段を上がると拝殿、稲荷社、社務所へと敷石が続いている。
鉢植えだけではなく、もう少し樹木が欲しい境内である。
裏へ回ってみると、立派な千木,堅魚木を付けた本殿が見える。

御朱印はここで
拝殿の右側に建つビルに社務所があり、インターホンで神職を呼出し御朱印をいただく。

正面参道前より
稲荷社
本殿
   
  名称 日比谷神社
  御祭神 豊受大神 (とようけのおおかみ)
祓戸四柱大神 (はらいどのよつばしらのおおかみ)
  創建 不詳
  社格等 旧村社
  例祭 5月第2週の金・土・日曜日
  鎮座地 東京都港区東新橋2-1-1
03-3433-2034
  御朱印 社務所 9:00〜17:00
  最寄駅 都営大江戸線 汐留駅 
  公式サイト 日比谷神社 公式サイト 
日比谷神社朱印


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日比谷神社 芝大神宮
大江戸線汐留駅から光が丘行で1駅乗車、大門で下車する。
第一京浜国道を徒歩で約12分。
地下鉄駅構内の移動を考慮すると、徒歩のみの方が早いかも。



芝大神宮しばだいじんぐう芝・大門


芝大神宮道順
日比谷神社から歩かず都営大江戸線を1駅乗って大門駅で下車する場合。
A6出口を出たらすぐ右折すると参道の途中に出る。左を見れば芝大神宮の鳥居が見える。

芝大神宮は大門駅近くに鎮座する由緒ある神社。
伊勢神宮の内宮・外宮の御祭神を祀るところから、「関東のお伊勢様」と呼ばれるている。
元准勅祭社とされ、東京十社の一社である。

だらだら祭り
9月に催される例大祭は11日間にも及ぶところから、「だらだら祭り」と称され、祭りの期間中、生姜を授与していたところから別名「生姜祭り」とも言われている。

神輿渡御芝浜四町会、芝金杉町会等々の氏子各町神輿連合渡御では、芝大神宮石段前で、暴れ神輿が宙に浮く「さし」が見らる。

自分も縁あって氏子町から呼ばれ、神輿を担いだ経験がある。鳥居前で神輿を胴上げのように上に放り上げる。

生姜飴
授与所で販売されている生姜飴はチョット辛いが、クセになる美味しさだ。


御朱印はここで
拝殿手前右側に社務所兼授与所があり、御朱印は参拝後にここでいただく。

 芝大神宮については、「東京十社巡り 芝大神宮」に掲載。  

  名称
芝大神宮
  御祭神
天照皇大御神 (あまてらすすめおおみかみ)
豊受大御神 (とようけおおみかみ)
  創建 寛弘二年(1005)
  社格等
旧府社
  例大祭 9月16日
  鎮座地
東京都港区芝大門1-12-7
03-3431-4802
  朱印所 社務所
  最寄駅
  公式サイト
  関連記事 東京十社巡り 芝大神宮 
芝大神宮朱印



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芝大門芝大神宮 増上寺 (徒歩約6分)
石段を下り参道を戻ると、途中にある路地を右に折れる。
広い通りに出たら右を見ると芝大門が見える。
門を越えて直進すると増上寺の山門に突当る。 




増上寺ぞうじょうじ芝公園

概要
増上寺増上寺は、明徳四年(1393)浄土宗第八祖聖聡(ゆうよしょうそう)上人の開基により開かれた寺院で、開山当初は現在の千代田区平河町付近にあったが、徳川家康公の帰依を受け日比谷に移転した後、慶長三年(1598)江戸城の拡張に伴い現在地に移った。

江戸時代、徳川家の菩提寺として隆盛を極め、関東十八壇林の主座をつとめるなど、京都・知恩院に並ぶ位置を占めていたという、都内でトップレベルの古刹である。

芝大門
芝大神宮から大通りに出て、目にするのが道路の中央に建つ総門で、『芝大門』の名で親しまれている。 (次の寺社へ の写真)
門の中央部分の道路は幅員が狭くなっているが、バスも通り抜ける東京では珍しい門である。

増上寺の見どころは多い
増上寺は芝公園という都心の一等地に広大な寺域を広げ、大本山としての風格を持った寺院である。

境内には徳川将軍家墓所があり、二代秀忠公をはじめ、六,七,九,十二,十四代家茂公まで歴代将軍の内、六人の墓所が設けられているなど、徳川家の菩提寺であったことが窺える。
詳細はこちら 増上寺については『江戸三十三観音霊場 第21番』に掲載。




御朱印はここで
安国殿正面に建つ大きな建物が本堂である大殿。
その右側に建つのが安国殿(写真右)で、堂内右手にある祈祷受付・お守り等販売所で御朱印をいただく。

基本的には御本尊の阿弥陀如来と江戸三十三観音の札所本尊である西向聖観世音の御朱印がいただけるが、申出れば安国殿の本尊である黒本尊(阿弥陀如来)の御朱印もいただける。
オリジナルの御朱印帳も販売されている。


  三縁山 広度院 増上寺
  浄土宗
  阿弥陀如来
  おんありみた ていせい からうん
  ありがたや 西向観音に詣る身は
   現世安穏 後生極楽
  江戸三十三観音 第21番
  東京都港区芝公園4-7-35
03-3432-1431
  安国殿
  都営浅草線・大江戸線 大門駅 
  大本山 増上寺 
  江戸三十三観音霊場 第21番 
   
増上寺本尊朱印西向観音朱印黒本尊

 


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増上寺 芝東照宮 (徒歩約4分)
増上寺三門を出て右へ道なりに進むと芝東照宮の参道がある。


芝東照宮しばとうしょうぐう芝公園


芝東照宮概要
芝東照宮は芝公園の一角にあり、元来は増上寺内の社殿であった。
日光東照宮、久能山東照宮、上野東照宮と並ぶ四大東照宮の一つとされる。

由緒
当初、増上寺内境内に勧請された。
家康の遺言により、元和三年(1617)自らの像を刻ませた「寿像」を祭祀する社殿を増上寺に建造した。
この社殿は家康の法名「安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」より「安国殿」と呼ばれた。これが芝東照宮の起源である。

明治初期の神仏分離令により、増上寺から切り離されて芝東照宮となった。

昭和二十年(1945)東京大空襲により神木のイチョウと家康が慶長六年(1601)の還暦記念に刻ませた「寿像」を残し、全てを焼失した。
昭和四十四年(1969)現在の社殿が再建された。

御朱印はここで
朱印所は社務所(社殿左手)だが、不在の時は、芝大神宮の社務所兼授与所でいただける。

参道から社殿方向を見る
御神木のイチョウ
   
  名称
芝東照宮
  御祭神
徳川家康公 (とくがわいえやす)
  創建
元和三年(1617)
  社格等
旧郷社
  鎮座地
東京都港区芝公園4-8-10
03-3431-4802 (芝大神宮社務所)
  朱印所 社務所
  最寄駅
  公式サイト 芝東照宮ホームページ 
 
芝東照宮朱印

芝東照宮を出たところに都営三田線の芝公園駅がある。このまま帰るもよし、大門交差点へ戻って、秋田屋の焼き鳥で立飲みという作戦もまたよし。

後編へ 



日本橋周辺
       
汐留周辺
       













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